二風谷イタとは
「木製の平らな半月盆や丸盆および四角盆」で「アイヌ文様」を施しています。素材はクルミやカツラの木からおもに制作されており、100年以上続くアイヌの伝統工芸品です。2013年伝統工芸品として経済産業大臣より認定され伝統的工芸品となりました。
伝承地域は北海道沙流群平取町(ほっかいどうさるぐんびらとりちょう)にある二風谷町からと言われています。この地域には多くのアイヌの血を受け継ぐ人々が住み、魂宿るアイヌ文様を伝えるべく二風谷イタの後継者を育成しています。
カムイとアイヌがつながる二風谷イタの歴史
二風谷イタを語るうえでカムイとアイヌの関係性を紐解いていきます。
カムイとは「神様」と言われるもの。山に住む動物、森に咲く花、川の魚、突然に襲い掛かる自然災害などこの世の織りなす姿がすべてであり、相手を思いやる心、慈しむ愛など精霊の集合体。自然全ての物に「魂が宿っている」という精神性いわゆるスピリチュアル的存在です。
アイヌは「人」「人間」を意味しています。アイヌは縄文人に最もDNAが近いとされていますが、縄文人とは別ルートで古くから列島にたどり着いた最古の集団と言われています。細石刀(さいせきがたな)文化と言語を持っていたシベリア系の狩猟民族であったとされ、長い歴史の中で縄文文化を受け入れ現代にいたりました。
アイヌの言葉には「狩る」と言う表現がなく、「山へ行く(エ・キム・ネ)」と表され、この世に姿を変えたカムイを迎えに行く行為であり、ハル(食料)は働くことによって得られるものではなくカムイが人間にもたらす恵みであると考えています。
いわゆるシカや鮭に姿をかえたカムイを迎えに行く、授かりに行く、という慈悲に富んだ精神性であり、決してあわれむものではなくカムイもアイヌも自然の一部であるという「魂の繋がり」を表しています。
アイヌの男性は婚期が近づくとマキリ(小刀)で木彫り作品を作り女性にプレゼントしました。
昔は小刀一本でこの二風谷イタを彫って繊細さを表現。器用な仕事が出来る事が素晴らしい男とされていました。もともと狩猟民族であった歴史をたどると刃物と生活は密接に関係していることがわかります。
またアイヌはシマフクロウを最高位の動物として位置づけ、この世の守護神コタンコロカムイ(コタンを司る神)として敬いました。それは暗黒の中でも魚など獲物を捕らえる様が「神々しい姿」としてとらえられたためです。
そんなアイヌの伝承には「フクロウの神がみずから歌った謡」があり、次のような事が書かれています。
「カムイがアイヌにシカと鮭を与えないのはアイヌがシカを捕ってもその頭を感謝の儀礼もせず野山に捨て置き、鮭を敬意もなく腐れた木でたたいて殺すせいだ」と。
自然の恵みに対し畏敬の念もなく過ごすことによって、全く食物が手に入らない状況を作り出し困惑しているアイヌの姿が目に浮かびます。それらの状況打破のためカムイに祈りを捧げる「ムイノミ(礼拝)」を男たちが行っていました。
4月の頃は植物の豊作とコタン(集落)の安全を祈るハルエミノ(食料祈願)
9月の頃は秋鮭の豊漁を祈るチェプカムイノミ(秋鮭祈願)
11月の頃は猟の安全を祈るキムンイラマンテカムイノミ(山猟の祈り)
ムイノミを捧げる事が男たちの重要な仕事であること、その行いによってカムイとアイヌの歴史には深い「魂」の繋がりがあったのです。男たちは山の幸、海の幸、川の幸への感謝、そして家族の健康や安全を祈るため二風谷イタに魔除けの意味があるアイヌ文様を彫りこみました。
二風谷イタにアイヌ文様を彫る男たちの姿こそ魂宿る「ムイノミ」。カムイとアイヌを繋げる役割を担っている歴史を感じます。
魂宿る二風谷イタのアイヌ文様の特徴
アイヌ文様として代表的な文様は数種類しかありません。
「モレウ」やわらかい渦巻きの文様が代表的。モ=ゆっくり レウ=まがるという意味があります。
川のおだやかな流れ、頬をつたわる優しい風、命を紡ぐ植物のツル。自然界の形を曲線で表現した文様です。見方によっては宇宙銀河や人間のDNA螺旋(らせん)にも見えます。
「アイウㇱ」植物の棘のような文様。アイ=矢 ウㇱ=突くという意味があります。空飛ぶ鳥や山に生息する動物たちを狩猟する時の道具を表したものです。歴史から狩猟民族の流れなのでそのような文様を描いたのは納得がいきます。
「シㇰ」ひし形の神様の目のようなもの。星型にも見えるため「星のように見守る」とも言われています。
様々なハル(食料)を乗せているお盆、命を頂く行為を「カムイ」が見守っているような意味あいです。
最後に「ラㇺラㇺ」ウロコのような細かい文様。今まで彫った文様の間に隙間が無いように埋め尽くしていきます。それは「魔物や邪気が入ってこないように」と念が込められています。もともと日本古来より「ウロコ文様」は邪気祓いや鬼払いの意味があります。
これらの文様をたくみに使い独自の世界観を幅広く彫っていき、作家たちの個性も表現されています。家族への愛、子孫への愛、自然への愛そして感謝など「魂の声」をアイヌ文様は表しています。
二風谷イタの使われ方とお手入れ
アイヌ伝承民話ウウェペレケの中では、直接お料理を盛る「皿」の役割があったと表記されています。
また幕末には幕府への献上品とされるほど巧みな芸術性や伝統の素晴らしさが認められていました。
素材であるクルミやカツラは丈夫で軽く季節によって変化する日本の風土にまさしくあっているものです。5年、10年、長く使うことで人々の生活に密着し、木の呼吸やぬくもりが感じ取れるステキな日用品であり芸術作品です。
また贈り物としても大変喜ばれ、アイヌの伝統工芸を楽しめます。お手入れ方法としては、乾燥を防ぐためオイルを使用します。
二風谷イタの見学・体験ができる場所
平取町立二風谷アイヌ文化博物館
所在地 | 北海道沙流郡平取町二風谷55 |
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電話番号 | 01457-2-2692 |
定休日 | 毎日開館(4月16日~11月15日) |
営業時間 | 9:00~16:30 |
HP | http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/ |
備考 | 体験 木彫・刺繍ムックリ制作(木彫)30~60分 金額¥1,400~コースター(木彫)90分 金額¥2,000(19名以下) ¥1,500(20~99名) ¥1,300」(100~200名) |
萱野茂 二風谷アイヌ資料館
所在地 | 北海道沙流郡平取町二風谷79番地4 |
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電話番号 | 01457-2-3215 |
定休日 | 年中無休(11/16~4/15は要事前予約) |
営業時間 | 9:00~17:00(最終入場:16:30) |
HP | https://kayano-museum.com/ |
備考 |